『雪國』川端康成
“さういふ時彼女の顏のなかにともし火がともつたのだつた。この鏡の映像は窓の外のともし火を消す强さはなかつた。ともし火も映像を消しはしなかつた。さうしてともし火は彼女の顏のなかを流れて通るのだつた。しかし彼女の顏を光り輝かせるやうなことはしなかつた。冷たく遠い光であつた。小さい瞳のまはりをぼうつと明るくしながら、つまり娘の眼と火とが重つた瞬間、彼女の眼は夕闇の波間に浮ぶ、妖しく美しい夜光蟲であつた。”
“島村はその方を見て、ひよつと首を縮めた。鏡の奥が眞白に光つてゐるのは雪である。その雪のなかに女の眞赤な頰が浮かんでゐる。なんともいへぬ淸潔な美しさであつた。
もう日が昇るのか、鏡の雪は冷く燃えるやうな輝きを增して來た。それにつれて浮かぶ女の髮もあざやかな紫光りの黑を强めた。”
(『雪國』川端康成)
赤、白、黑のあざやかな對照。
「澄み上つて悲しいほど美しい聲」をもつ葉子。
しなやかでゐて凛とした駒子の魅力。
色彩、音、光。
五感を刺激される。
“國境の長いトンネルを拔けると雪國であつた。”
夢幻の世界へのいざなひでなくて何であらう...