振亂
今の世、學者多く攻伐を非として救守を取る。攻伐を非として救守を取れば、郷の謂はゆる有道を長じて無道を息め、有義を賞して不義を罰するの術行はれず。
天下の民に長たる、其の利害、此の論を察するに在り。攻伐と救守は一實なり。而るに取舍人ごとに異なり、辨說を以て之を去り、終に定まる所無し。
論固より知らざるは、悖れるなり。知れども心を欺くは、誣ふるなり。誣悖の士は、辨なりと雖も用無し。是れ其の取る所を非として、其の非とする所を取るなり。是れ之を利せんとして反つて之を害するなり、之を安んぜんとして反つて之を危くするなり。天下の長患を爲し、黔首の大害を致す者は、若き說を深しと爲す。夫れ天下の民を利するを以て心と爲す者は、此の論を熟察せざる可からざるなり。
夫れ攻伐の事は、未だ無道を攻めて不義を罰せずんば有らざるなり。無道を攻めて不義を伐つは、福これよりも大なるは莫く、黔首の利これよりも厚きは莫し。之を禁ずる者は、是れ有道を息めて有義を伐つなり。是れ湯武の事を窮して桀紂の過を遂ぐるなり。
凡そ人の無道不義を爲すを惡む所以は、其の罰の爲めなり。有道を蘄め有義を行ふ所以は、其の賞の爲めなり。今無道不義存す、存するは之を賞するなり。而して有道行義窮す、窮するは之を罰するなり。不善を賞して善を罰し、民の治まらんことを欲するは、亦難からずや。故に天下を亂し黔首を害する者は、若き論を大なりと爲す。
天下の民に長たる、其の利害、此の論を察するに在り。攻伐と救守は一實なり。而るに取舍人ごとに異なり、辨說を以て之を去り、終に定まる所無し。
論固より知らざるは、悖れるなり。知れども心を欺くは、誣ふるなり。誣悖の士は、辨なりと雖も用無し。是れ其の取る所を非として、其の非とする所を取るなり。是れ之を利せんとして反つて之を害するなり、之を安んぜんとして反つて之を危くするなり。天下の長患を爲し、黔首の大害を致す者は、若き說を深しと爲す。夫れ天下の民を利するを以て心と爲す者は、此の論を熟察せざる可からざるなり。
夫れ攻伐の事は、未だ無道を攻めて不義を罰せずんば有らざるなり。無道を攻めて不義を伐つは、福これよりも大なるは莫く、黔首の利これよりも厚きは莫し。之を禁ずる者は、是れ有道を息めて有義を伐つなり。是れ湯武の事を窮して桀紂の過を遂ぐるなり。
凡そ人の無道不義を爲すを惡む所以は、其の罰の爲めなり。有道を蘄め有義を行ふ所以は、其の賞の爲めなり。今無道不義存す、存するは之を賞するなり。而して有道行義窮す、窮するは之を罰するなり。不善を賞して善を罰し、民の治まらんことを欲するは、亦難からずや。故に天下を亂し黔首を害する者は、若き論を大なりと爲す。
(『呂氏春秋』孟秋紀第七「振亂」)
・振亂ー亂世を救ひ正すこと
・黔首ー人民のこと
・湯武ー商(殷)の湯王と周の武王、古の聖王で、ふたりは王朝を創始した
・桀紂ー夏の桀王と商の紂王(受)、自らの暴政によりそれぞれの王朝を滅ぼした
この論旨は、攻伐を懲罰や制裁などに讀みかへてみれば、いまの世でもそのまま通ずることである。
信賞必罰行はれず、故に紛爭息まず。
歷史に鑑みれば、それはいつの世も同じことであらう。
天下を亂し人々を害さんとする者の如何に多いことか。
秦の始皇帝の暴政前に天下を一匡し、善政・恵政を布いた呂不韋。その人が心血を注いで後世に遺した、經世の書が『呂氏春秋(呂覧)』である。
この論の重み、誠に熟察せざるべからざるなり。
*この和譯は國譯漢文大成からの引用であるが、譯者注により一部原文を改めてゐる