振亂

いま學者多がくしやおほ攻伐こうばつとして救守きうしゆる。攻伐こうばつとして救守きうしゆれば、さきはゆる有道いうだうちやうじて無道むだうめ、有義いうぎしやうして不義ふぎばつするの術行じゆつおこなはれず。

天下てんかたみちやうたる、利害りがいろんさつするにり。攻伐こうばつ救守きうしゆ一實いちじつなり。しかるに取舍人しゆしやひとごとにことなり、辨說べんぜつもつこれり、つひさだまる所無ところなし。

論固ろんもとよりらざるは、もとれるなり。れどもこころあざむくは、ふるなり。誣悖ふはいは、べんなりといへど用無ようなし。ところとして、とするところるなり。これせんとしてかへつてこれがいするなり、これやすんぜんとしてかへつてこれあやふくするなり。天下てんか長患ちやうくわんし、黔首けんしゆ大害たいがいいたものは、かくのごとせつふかしとす。天下てんかたみするをもつこころものは、ろん熟察じゆくさつせざるからざるなり。

攻伐こうばつことは、いま無道むだうめて不義ふぎばつせずんばらざるなり。無道むだうめて不義ふぎつは、さいはひこれよりもだいなるはく、黔首けんしゆこれよりもあつきはし。これきんずるものは、有道いうだうめて有義いうぎつなり。湯武たうぶこときうして桀紂けつちうあやまちぐるなり。

およひと無道不義むだうふぎすをにく所以ゆゑんは、ばつめなり。有道いうだうもと有義いうぎおこな所以ゆゑんは、しやうめなり。今無道不義存いまむだうふぎそんす、そんするはこれしやうするなり。しかうして有道行義窮いうだうかうぎきうす、きうするはこればつするなり。不善ふぜんしやうしてぜんばつし、たみをさまらんことをほつするは、亦難またかたからずや。ゆゑ天下てんかみだ黔首けんしゆがいするものは、かくのごとろんだいなりとす。

(『呂氏春秋』孟秋紀第七「振亂しんらん」)

・振亂ー亂世を救ひ正すこと 

・黔首ー人民のこと

・湯武ー商(殷)の湯王と周の武王、古の聖王で、ふたりは王朝を創始した

・桀紂ー夏の桀王と商の紂王(受)、自らの暴政によりそれぞれの王朝を滅ぼした

この論旨は、攻伐を懲罰や制裁などに讀みかへてみれば、いまの世でもそのまま通ずることである。

信賞必罰行はれず、故に紛爭息まず。

歷史に鑑みれば、それはいつの世も同じことであらう。

天下を亂し人々を害さんとする者の如何に多いことか。

秦の始皇帝の暴政前に天下を一匡し、善政・恵政を布いた呂不韋。その人が心血を注いで後世に遺した、經世の書が『呂氏春秋(呂覧)』である。

この論の重み、誠に熟察せざるべからざるなり。

*この和譯は國譯漢文大成からの引用であるが、譯者注により一部原文を改めてゐる