『伊豆の踊子』
“私が讀み出すと、彼女は私の肩に觸る程に顏を寄せて眞劍な表情をしながら、眼をきらきら輝かせて一心に私の額をみつめ、瞬き一つしなかつた。これは彼女が本を讀んで貰ふ時の癖らしかつた。さつきも鳥屋と殆ど顏を重ねてゐた。私はそれを見てゐたのだつた。この美しく光る黑目がちの大きい眼は踊子の一番美しい持ちものだつた。二重瞼の線が言ひやうなく綺麗だつた。それから彼女は花のやうに笑ふのだつた。花のやうに笑ふと言ふ言葉が彼女にはほんたうだつた。”(『伊豆の踊子』川端康成)
來月からしばらく伊豆に滯在する豫定なので讀んでみました。この名編を讀んでから行く伊豆にどういふ出會ひがあるのか、いまからたのしみにしてゐるところです。
本文中に、主人公の「私」が「踊子」を眺めてゐるときの描寫に、“(前略)私は心に淸水を感じ、ほうつと深い息を吐いてから、ことこと笑つた。”といふ一文があります。上の引用文を讀んでゐると、正に“ことこと笑”ひたくなるやうな淸々しい氣持ちになります。
また一つ心を滌つてくれる名文にふれることができうれしくおもつてゐます。