近所の古書店で買つてから少しづゝ讀んでゐた本ですが、今日やつと讀了することができました。
昭和十七年四月に出版されたもので、川端さんの眼を通じて明治から昭和初期の文壇を概觀することができる內容となつてゐます。「當代の作家」では約百人の作家についての寸評を行つてをり、批評家としての川端さんの魅力を随所に感じることができます。
全編厭きることなく、とても興味深く讀むことができました。たくさん良い文章がありましたが、一番印象深かつたのは最終章「文章について」の冒頭にある次の一節です。
“少年時代、私は『源氏物語』や『枕草子』を讀んだことがある。手あたり次第に、なんでも讀んだのである。勿論、意味は分かりはしなかつた。ただ、言葉の響や文章の調を讀んでゐたのである。
音讀が私を少年の甘い哀感に誘ひこんでくれたのだつた。つまり、意味のない歌を歌つてゐたのだつた。
しかし今思つてみると、そのことは私の文章に最も多く影響してゐるらしい。その少年の日の歌の調は、今も尙ものを書く時の私の心に聞えて來る。私はその歌聲にそむくことが出來ない。
その少年の歌の後に、私が日本の文章に心から驚いたのは、祝詞と宣命とである。高等學校で習つた祝詞や宣命やを、やはり少年の日に音讀してゐたならば、私の文章はもつと力强いものになつてゐたらうに、と今更悔いても取返しがつかない。”
古典の音讀が如何に大切であるかといふことをあらためて痛感します。
“さういふ時彼女の顏のなかにともし火がともつたのだつた。この鏡の映像は窓の外のともし火を消す强さはなかつた。ともし火も映像を消しはしなかつた。さうしてともし火は彼女の顏のなかを流れて通るのだつた。しかし彼女の顏を光り輝かせるやうなことはしなかつた。冷たく遠い光であつた。小さい瞳のまはりをぼうつと明るくしながら、つまり娘の眼と火とが重つた瞬間、彼女の眼は夕闇の波間に浮ぶ、妖しく美しい夜光蟲であつた。”
“島村はその方を見て、ひよつと首を縮めた。鏡の奥が眞白に光つてゐるのは雪である。その雪のなかに女の眞赤な頰が浮かんでゐる。なんともいへぬ淸潔な美しさであつた。
もう日が昇るのか、鏡の雪は冷く燃えるやうな輝きを增して來た。それにつれて浮かぶ女の髮もあざやかな紫光りの黑を强めた。”
(『雪國』川端康成)
赤、白、黑のあざやかな對照。
「澄み上つて悲しいほど美しい聲」をもつ葉子。
しなやかでゐて凛とした駒子の魅力。
色彩、音、光。
五感を刺激される。
“國境の長いトンネルを拔けると雪國であつた。”
夢幻の世界へのいざなひでなくて何であらう...
一昨日岡山の「MILBOOKS」へ行つてきました。
北長瀨驛または岡山驛、どちらからも徒歩で30分程かかる場所にある古書店です。今囘は北長瀨まで電車で行き、音樂を聽きながら歩いて行くことにしました。とてもいゝ天氣で、歩いてゐて心地よかつたです。
お店は閑靜な住宅地の一角にありました。それほど大きな店舗ではなく、こぢんまりとしてゐて、お洒落な落ち着きのあるお店でした。わりと建築關係の本や寫眞集が多かつたやうに思ひます。
ひととほり覧てみたなかで、『人生にとって』(高橋和巳)と『古本綺譚』(出久根達郎)のどちらを買ふかまよひましたが、後者を購入することに決めました。
著者は古書店のご主人で、內容はその經營譚のやうですね。これから讀むのが樂しみな一冊です。
店を出てから、そのまま帰らうとおもつて岡山驛に向かつてゐたんですが、やつぱりもう一店とおもひなほし(笑)、以前伺つたことのある「南天荘書店」へ行くことに。このお店のご主人はとても感じのよいかたで、本の種類も多く、氣に入つてゐる古書店の一つです。
前囘はプラトンの『饗宴』(久保勉・阿部次郎 譯)を買つたやうに記憶してゐます。Erosについての對話篇ですが、讀みやすくてとてもよい翻譯だと感じてゐます。
今囘こちらでは『ゲーテと音樂』(柿沼太郎 譯)と『日本音樂史』(伊庭孝 著)を購入することにしました。300円と150円でした。安い安い(笑)
まあかなり傷みが目立つからなあ、そんなものなのかな。
兩書の內容については讀後にあらためて書かうとおもつてゐます。
帰宅してから「デビカ 図書館ブックフィルム」を貼りました。
これとてもいゝですよ。古書はどうしても傷みや汚れが目立つものが多いので、これを貼ると手触りが格段によくなり強度も増します。もちろん好みにもよりますし、本の裝丁によつては貼らない方がよいこともありますけど。僕は図書館本の触感が好きで、自分の本にも貼りたいと思つてゐたので、近頃古書にはなるべく貼るやうにしてゐます。
結局三冊も購入することになり、また本が増えることになりました。いつも讀むスピードより買ふスピードの方がはやくて困つてゐます(笑)そろそろたまつたものを讀んでいかなくは...
初めて行つた古書店。
入店して本を覧てゐると、店長さん(と臆はれる)が、「お茶は 如何ですか?」ときいてくださいました。
お店に來るまでにかなり歩いてゐたので喉が渴いてをり、喜んで、「ありがたうございます、お願ひします」と。よく冷えたお茶を頂き、一口に飲み干しました。
古書店でお茶を出して頂くとは!御心遣ひに感謝!
店內はこぢんまりしてゐて、心地よい音樂が流れてをり、とても感じのよい空閒でした。
男の店長さんは、お洒落なとても感じのよい方で、先客とfriendlyにお話されてゐました。
店內の本を一通り見て、武者小路實篤の『文學に志す人に』を購入して歸ることにしました。初項を讀んで直ぐに惹きこまれましたね。
樂しい時閒を過ごすことができてよかつたです。ぜひまた行つてみたいと思ひます。
古書店めぐりが僕の癒しの一つとなつてゐます。昨日も倉敷の「長山書店」さんへ行つてきました。
古書店はどのお店も獨特の世界があり、何度訪れても飽きません。旅先でも古書店を見つけると、心彈ませながら種々な本を手にとつては繼々に摘讀し、時間の經つのを忘れてしまひます。昨日もいつの閒にか閉店時間が過ぎてゐて、店員さんに聲をかけられてはじめて氣がついたのでした。
今まで知らなかつた本に出遇ひ、每度、あれも欲しいこれも欲しいと思つてしまひます。今囘も『エコール・ド・パリ』(福島繁太郎)、『文章讀本』(三島由紀夫)などがあり、どれも欲しかつたのですが、閉店閒際に手にとつた『世界通史(上下卷)』(瀨川秀雄)を購入することに決めました。
ちよつと讀んでみて、きつと良い歷史書に違ひないと直觀しました。お店を出た後、Starbucksに行き、序說のみ讀了しましたが、すぐれた史書だといふことをつよく感じました。最後まで讀み終つたらまた感想を書いてみるつもりです。